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2009年12月30日
ヤビツ峠は突然に
Twitterでfjt氏と絡んでいたら年末唐突にヤビツに行くことになった。「ネットで知りあって」みたいな人と会うのって初めてだよ(笑) いやー、後から知ったのですがすごいメンツでした。
- fjt氏(JCRCオープンクラス優勝経験)
- いわはし氏(ツールド沖縄市民200上位一桁経験!)
- hikeke氏(乗鞍ベスト65分!)
- 私(しょぼい草レースで入賞経験1回)
この私の場違い感。fjt氏といわはし氏は今は一線から離れていてhikeke氏は現役バリバリといった構成。
2ヶ月ぶりに通勤用の重いロードじゃなくてレース用に乗ったのだが、走りのスムースさにビビる。こりゃ今日はいけるんじゃないかと大いに勘違い。
名古木の交差点で合流、簡単な自己紹介を済ませた後、走り出した。
fjt氏が「ギャートルズの肉」と称するhikekeのふくらはぎを見て、戦う前から「こりゃ勝てんわ」と戦意喪失。私も膝下のウェアにしようか迷ったのですが、タイツにして正解ですよ。恥かくところでした。
蓑毛手前の急坂で案の定hikeke氏が抜けだす、というか他の3人が勝手に遅れだした。一応ついていこうと私も他の二人をパスして追いすがるが、ジリジリと離されてしまう。気づくと前にも後ろにも人がいない一人旅状態に。
じゃあ自分のペースで行くかと踏んでいると、6km地点の浅間神社手前辺りでいつの間にか追いついてきたfjt氏に抜かされてギョッとする。
それに反応して追いすがるとか言うことが出来ないのが今の私の弱いところ。もともとスピードの変化に対応するのは苦手なんですが、それが顕著になっておりました。
「まあ付いていけないのは仕方が無い。しかしヤビツは何十回も上った峠だ。地の利はこちらにあって、勝負どころは分かってるんだ。ここは無理せず脚を溜めて、最後に踏んであわ良くばそこで抜き返せば良い。そこで抜けなければ負けだ」
そんなふうに思ってたんですよ。
てことで、菜の花台手前の地味にしんどい傾斜を抜けたあたりからが勝負どころです。残り3km。そこでランドナー乗りを一人パス。このランドナー乗りにどれくらい差をつけたかと振り返ると、その後方からいわはし氏が追い上げてくるのが見えた。
よーしこっちも勝負だ。少し傾斜が急になっている箇所をダンシングで踏んで、傾斜がゆるくなったところでアウターにチェンジ!一気に加速す...る...?
あれ?全然踏めません。おかしいな? インナーに戻してしばらくしてからアウターにチェンジ! ...全然踏めません。駄目だ、脚にきてる。ナンテコッタイ。何が「勝負どころは分かってる」だ。自分の脚の状態も分かってなかったんじゃないか。
そんなこんなでもたもたしていたら、ちょっと前にだいぶ後ろにいたはずのいわはし氏にまで抜かされてしまった。これにも全然ついていけません。いわはし氏の前方に少しペースの落ちた感じのfjt氏も見えますが、もはや追いつける気がしておりません。
ラスト500mでいわはし氏が振り返ってこっちの様子をうかがった後、ペースを上げる。こっちも負けじと(気持ちだけは)ペースをあげますが、地脚の差はどうにもなりません。
結局最後尾でゴール。タイムは藤棚の最後の信号から40分をぎりぎりで切るくらい。hikeke氏は別格として、タイムは他の二人と数十秒程度の差ですが、勝負どころでの力を出せなかった辺り、完全な実力不足です。
fjt氏も同じこと言ってましたが「昔19Tで行けたところが今は25T」です。しかも私の場合34x25ですから!残念!
勝負勝負言ってますが、今回はまったり走る感じだったので、私一人いきがってしかも負けた感じなんですよ。いやー厨二っぽい恥ずかしさですね。
またもんでもらって鍛えなおそう。fjt氏は「次回はまったりといきたいものです」とか行ってますが、ひとたびロードに跨ったら結局そうもいかなくなるもんですよ。困った生き物です、ローディーは。
00:00
2009年12月29日
2009年を振り返って
とりあえず転職して一年間働いたわけです。思っていたより楽だったなぁというのが正直なところです。
入社前は技術力とか経験などの不足を懸念していたんだけど、結局今の会社だとWEBサーバー一台、APサーバー一台、DBサーバー一台みたいな構成でしかサービスを作らないので、前年までとやっていることは変わらず、特に困難は感じませんでした。
それに、実はIT業界の人って平均的にはそんなに自分で勉強をするわけじゃないんだなってことが悪い意味で分かってしまいました。人それぞれなので構わないとは思いますが。周りの勉強量とかと比較して「どうも私は技術が好きなんだな」ということを自覚することが出来たのも良かったと思います。
ただ、回り道をしてここまできましたが、今の会社に新卒で入ったとして、今の技術力を身につけられたかなぁと考えると、ちょっと疑問を感じます。紆余曲折を経る中で得た経験てのは大きかったのかなと思います。
まあ、転職活動の際に何を弱気に活動していたんだと、今ちょっと残念に思います。もっと強気に「技術が好きだし自信があります」って行きゃ良かったと少し反省。
就職面接で「PHP使えるようになるまでどれくらいかかると思いますか?」って聞かれ「2週間くらいでしょうか」って答えて落とされたところがあったけど、マジもっと強気に行けばよかったと後悔しています。PHPは未経験でしたが実際は二日で書けるようになりました。
ただ、今年も負荷分散やシステム冗長化等の大規模システムの構築に絡むような技術には触れることが出来なかったので、そういう点での技術や経験が足りないってのは結局変わっていません。
だから、この業界である程度通用するってことは分かったけど、技術的にはスキルの全体的なブラッシュアップにとどまってしまった一年だったのかなとも思います。
とは言えPerlは結構書けるようになりました。どこまで行っても奥が深すぎて笑えるけど。仕事じゃPerlはほとんど使わなかったんだけど。
会社にも馴染み、同僚も口をそろえて「もっと前からいる感じがする」と言ってくれています。正直多少浮いてないか懸念していたと言うか、少し浮くくらいの行動を取っていたつもりなので、少し計算外なのです。馴染みすぎも問題なので、来年は多少は浮くくらいの勢いで動きたいところです。
そういや、VBでのクライアントソフト開発が出来たのは、想定外ながら良い経験でした。ただ、その影響でMS系の仕事(VBAとかも!)を振られるが多くなってきてしまっているのでこの流れはなんとかしたいなぁとか考えています。
やっぱWebがやりたいです。というふうに、私は実は仕事に対して選り好みをするし、ワガママなんだなぁと、自分の意外な側面が見えた部分もあります。Webがやりたくて転職したってのがあるし。
あと、前職までは上司のムチャぶりをなんとか解決しながら成長してきた部分てのがあるので、そういう意味で今の職場はちょっと物足りないかなぁと感じてしまう部分もあります。マゾイね我ながら。前職までで調教されてしまったのだな。バランスの問題なんだよね。前の会社での働き方が続くのも問題なので。
技術習得に関しては前半は結構意欲的だったように思いますが、後半少しダレた感は否めません。資格も全然取れませんでしたしね。反省。休みが増え、土曜が休みになったりとか夜が終わるのが早くなったりして、勉強会等に参加出来る機会が増えたのは、非常に良かったです。
技術者のコミュニティの重要性は痛感した年で、一人で勉強しているよりも、勉強会とかで知り合い作ってそこで質問した方が往々にして習得が早いモノもあったりするのだな、と。
そういう点で、Sugamo.cssに参加して色々な人達に出会うことが出来たのは本当に良い経験でした。今後は、Perlコミュニティへのコミットも増やしていこうと考えています。
Wiki開発をしたのは良い経験だった。コード書くのがあれほど楽しかった事はこれまでなかった。あの頃は常にWikiの実装のことを考えていた。Wikiに恋してた(笑) 来年も引き続き業務外での開発を大いにしていこうと思います。勉強になるしね。
あと忘れてはいけないのは結婚です。新生活を始めて今のところ順調に来ています。この流れで2010年も引き続きいきたいものです。2010年は既婚者として始まるわけで、不思議な感じです。うまくやっていこうと思います。
01:59
2009年12月25日
入籍
ここでは全然告知出来ていませんでしたが、11月から川崎市高津区に引っ越して来ていました。そしてこの度12月25日に入籍いたしまして、正式に同居も始めます。
新居は快適で満足しています。自分の台所があるというのが嬉しくてたまりません。好きな調理道具を揃えられたし。自転車通勤も始めたので、弛み気味だった肉体も大分絞れました。
婚姻届を提出したら当たり前だけどあっさり受理されてしまったので、あまり実感が湧かない部分もあって、嫁(になった)とも「あんまかわらないね」とか言い合っています。
12月25日に入籍したのはクリスマスとか関係なく、付き合い始めて6周年だからです。一応言っておく。
そういえばTwitterで「入籍なう」とかつぶやいたら、ものすごくたくさんのお祝いの言葉をいただいてしまいびっくりしました。ありがとうございました。
結婚の話を知っていた人だけではなく、ほとんど面識の無い人にまで言葉をいただいてしまって恐縮です。釣りだったらどうするんだと(笑) そういう意味で、Twitterは善意で成り立っているんだなと改めて感じました。インターネット黎明期みたいですね。良いと思います。
23:59
2009年12月22日
JPerl Advent Calendar Casual Trackに記事を書いたら長年悩んでいた問題が解決したでござるの巻
最近全然Blog更新しておりませんが、今回も単なる告知です。内容はタイトルのとおりです。EmEditorのPerlマクロに関する話です。周りが凄い人ばかりなので、ビビりながら書きました。
http://perl-users.jp/articles/advent-calendar/2009/casual/15.html
ちなみにユニコードを扱う方法が分からなかったのですが、id:xaicronさんがTwitterで話しかけてくださって、見事に解決してくれました。こんな感じ。
use utf8;
use Win32::OLE;
Win32::OLE->Option( CP=>Win32::OLE::CP_UTF8 ); #ここで指定
my $nihao = '你好!统一码';
$Window->OutputBar->writeln($nihao); #flagged utf8を直接渡す
flagged utf8を直接出力に渡すってのはちょっと気持ち悪い感じがしますが、EmEditorマクロの場合はそうしないと文字化けしてしまいます。
まあ、これでutf8が使えるようになり、アウトプットバーに中国語も表示されるようになりました。これでEmEditor上でのTwitterライフがさらに充実します。数日前に、Twitterがクラックされた際に、みんな面白がって、アラビア語をPostしてましたが、それもばっちり読むことが出来ました。
Win32::OLE->Option( CP=>Win32::OLE::CP_UTF8 );
はPerlでExcel等を扱うときなんかによく使うみたいで、いやー勉強になりました。
情報を提供するよりもむしろ情報を提供してもらっちゃいました。Perl Mongersの文化は素晴らしい。てーかAdvent Calendarの方も追記して書き換えておかないといけませんね。
そのxaicronさんが、hacker Trackに寄稿した「Windows環境でUnicodeファイルを扱う」はPerlでUnicodeファイル名を扱うためのモジュールの話で、これも非常に勉強になった。前職で同僚が中国語ファイル名とか作ることが多かったから、これを知っていれば少し楽になった部分もあるなぁとか。
私もPAUSEアカウント申請して、申請も通ったので、来年はPerlモジュールを書いて念願のCPAN Authorになろうと思います。ネタは色々あるので今年中でも良いんですけど。
23:19