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2006年9月30日

平凡な休日

久しぶりにたまりば(えん)行った。行きがけに自転車で通ったのだが、以前たまりばが入っていたテナントは今は学習塾になっていた。あまりのギャップが笑えた。

片岡五郎氏の悪役講座(演劇ワークショップみたいなやつ)に2年ぶりに参加した。久し振りに模擬刀(実際の時代劇で使われていたお古)に触れた。別に刃が立っているわけでも重いわけでもないのだけど。

片岡氏は中国行く前以来会っていなかったのだが、先日再会したときにしっかり覚えていてくださっていて非常に光栄だった。以来たまにだがメールをやり取りさせてもらっている。立ち姿から出る威圧感、話の上手さ、相手を引き込む力、一目で相手を見抜く力、とかはすごいと思うよ。

えんにずっと来ている発達障害の男の子がいるのだが、前にあったときよりも格段に成長していて驚いた。模擬刀が危ないとわかっていながら、おそるおそる楽しそうに触っている姿は微笑ましかったよ。昔はそんなことわからずに振り回すだけだったように思う。それが、他の年上の子に「危ないよ!」と取り上げられてしまって悲しそうにしている姿は切なかった。

その後、その子に懐かれてしばらく遊んだ。男に懐くのは珍しい気がする。いつもはスタッフの女性なんかに懐いて遊んでいたように思う。うちの恋人もえんに来たときは彼に基本的に懐かれて一緒に遊んでいたものだが。

家に帰ったらAmazonから本が届いていた。邪魅の雫がやっと手元に着いた。購入した本にざっと目を通したが、1冊すでに失敗したなぁと感じる本が…。

01:29

2006年9月26日

二束三文どころか

まんだらけから電話が来た。

「お客様が送られた本の中で売り物になるものがないので、全部処分してよろしいでしょうか?」

失望した。ずいぶん殿様商売になったもんだな、まんだらけも。有名になって在庫がだいぶダブついているのでしょうが。うたたねひろゆきの同人誌すら売値がつかないとは。昔はかなり良い値段で買ってくれたものだったが。本を売りに行ったら、いつも売る人の列が出来ていたものだったが。最後に売ったのがもう6年前とか。

あ~あ。これだったら二束三文でもいいから、BookOffに送りつけりゃ良かった。変なスケベ根性を出したから失敗した。別に処分料だと思えば安いもんだけど。

本屋行ったら、邪魅の雫が置いてあった。レジに持って行きたくなったが、既にAmazonで注文してしまっていたので我慢した。ページ数だけチェックした。817ページ。家に帰ったら、Amazonからはまだ荷物は届いてなかった。失敗した。

23:33

2006年9月25日

超精鋭部隊

JapanCup。ウォルター レイ ウィリアムズが優勝ですか。それにしてもすげーなー、PBA(アメリカのプロボウリングリーグの人たち)。まさに超豪傑集団って感じ。

日本にやって来たアウェイのPBA20名に対して、卑怯にも日本と韓国のプロアマ100人以上が寄ってたかって戦いを挑んでも、見事に返り討ちにあってしまう。何せ、RR上位32名にPBA18人が残ったのですから。戦死者わずか2人。それに引き換え、日本の戦死者は100人を越えるわけですよ。

TV決勝に残った9人は全員PBAですから、日本勢はあえなく全員討ち死にです。それどころか、15位までPBAです。

「何をしているのだ!敵はたった20人なのだぞ!」

まさにマンガの世界。

しかし、日本人2位の総合18位に入った山本勲選手は流石だね。毎年この大会にはきっちり仕上げてきて、結果を残す。彼だけはPBAでも通用するでしょう。

しかし、この差はなんなのだろうね。パワーとかそんな単純な差ではないように思うね。優勝したのが何せ対して強い球を投げるわけではないWRWだし。情報の差、選手層の差、リーグで争っているラインの差(220アベの世界で戦っているか、225アベの世界で戦っているかによっておのずとレベルの違いは生まれてくるに違いない)、そういった細かい差の積み重ねが大きな差になっているのでしょう。

来年はチケット買って見に行くつもり。

03:01

2006年9月24日

水俣展

鶴川の和光大学でやってる水俣展に行った。水俣展は日本のいろいろなところで展覧を続けており、それに長く関わっている友人がいる。

写真は生々しくて、悲惨で、一緒に行った恋人は流石に長時間は直視出来なかったようだ。

大丈夫だろうと見くびっていた廃液の垂れ流しがあそこまで徹底的に人々を痛めつけてしまったこと。その時点での他人の痛みへの想像力の欠如が更に被害を拡大してしまったこと。その大きな責任から逃れようとすること。全て、人間の弱さ、愚かさ、卑怯さを物語っている。

企業が悪い、国が悪いと行ってしまえばそれまでだが、私にはそれがどうしても他人事とは思えない。事件を起こしたのもまた人間なのだから。

こういうものを見て、自分に何が出来るのだろうと考えると、まず、自分は「自分の人生を良く生きなくてはいけないな」と余計に思う。それがまず出来ることの一つ。

そして次に知ること。無知であること、想像力が足りないことはそれ自体で罪である。それだけで人を大きく傷つける可能性を秘めているのだから。

それでももし、人を取り返しのつかないくらい傷つけてしまって、憎まれてしまったらどうするのか。そこはまだ自分の中では答えが出ていない。

この展示で一番腹が立ったのは、水俣の被害者に無関係の傍観者たちから誹謗中傷の手紙が届いたこと。こういう手紙を送ったやつは、チッソよりも国よりも、問答無用で即刻死んで良い。

最後に田口ランディの講演会とリレートークがあった。恋人はむしろそれが目当てだったのだが。そこで比較文化が専門の教員が言っていた

「自分の人生は何よりもすばらしいものであり、他人の人生も他人にとってみればそれと同じくらいすばらしいものなのである。」

という言葉は当たり前だが感銘を受けた。この精神が非常に大事。そう思えばそうそう他人を傷つけたくもなくなるはずだ。

でも、私はもうちょっと口が悪いので、最近言っているのがこの言葉。

「あんたなんかいなくても世界は何も変わらず動くけど、あなたが居なかったらあなたの人生は何にも動かない」

23:14

使えるけど使わないものはいらない

部屋の整理における鉄則。ガンガン処分すべし。勿体無いとも思ってしまうかもしれないが、そもそも、使わないものを手に入れてしまった時点でもったいないのである。そういった愚かな行為をしてしまった自らを恥じ、処分する物に対して詫びながら、心を鬼にしてゴミ箱なりダンボールなりに放り込む。そうでもしないと物は減らないのである。

本を売った。画集や机の下で眠っていた同人誌、マンガをダンボールに詰めた。いっぱいになった60×20×35cmのダンボールは重さ23kgに達した。25kgを越えるとヤマトに持っていってもらえない。ちなみに今回はちょっと勿体無い気がしたので、まんだらけに送りつけることにした。うたたねひろゆきの同人誌なんかもあったし。しかし、今やうたたねひろゆきの絵を見てももう何も感じなくなってしまった。

衣谷遊のエンジェルアームも売ろうかと思ったが、読み返したら何気に面白かったので、売るのを見送ることに。絶版になっており、復刊ドットコムにもわずかながらだが要望があるようだ。ちょっと貴重なのかもしれない。

最近結構本を売っているのだが、それでも部屋の本は減る気配を見せない。まだ3つある本棚に入りきらないし。敵はあまりにも強大すぎる。もっとさらなる思い切りが必要か。

Amazonとbk1であわせて2万円分ほど本を購入した。邪魅の雫も買った。

03:56

2006年9月23日

割引券の山

1ヶ月以上投げていなかった。町田ボウリングセンターの割引チケットが3,350円分余っていたのだが、すべて有効期限が9月末までであり、焦って投げに行った。7ゲーム投げて使い切った。迷惑な客だ。また新たに、850円分の割引券を手に入れた。

町田ボウリングセンターはやたら割引券をくれるので、きちんと使えばかなり安く投げられる。一般の客だと、50ゲーム投げれば合計で最低でも12,400円分の割引券を貰えるので、安い時間を選んで投げれば、単純計算1ゲーム平均300円を軽く割る。なのでトータルでは一般のほうがお得だったりするのだが割引券管理がめんどくて会員になった。

7ゲームで、マイナス51ピン。とかかなり背伸びしてプラスマイナスでスコアを書いてみる。192アベレージだが、レーンが簡単だったおかげなので実力では決してない。ずっと同じレーンだし。

23:50

昨日は新宿で今日は相模大野で

2日連続して大学時代の友人に偶然遭遇した。大学卒業以来そんな経験はなかったのだが、いきなり連日そんな経験をしてびっくりである。しかも両者とも逢いたかった友人であった。近いうちにまた会いたい。

金曜は、会社帰りに新宿ワールドにサイキをやりに行く途中(w)に、おもいで横丁を歩いていたら逢った。中国語のクラスが同じで、同じ時期に北京に短期留学した人。北京短期留学時代の友人とはほとんど連絡をとる手段もなくなってしまったが、その中で彼女は一番会いたい人だったのでうれしかった。背が高くモデル体型の美人だが、生き方も真面目で真剣なところがカッコよい。名刺を交換した。

土曜は、町田でボウリングをした帰りに、相模大野を自転車で通過している途中で逢った。サークルが同じだった通称「ひげ」と佐藤智加。彼らが相模大野に住んでいることは知っていたので、いつかは逢うかも知れないなとは思っていた。智加ちゃんはママチャリの荷台に座布団を敷き、足をそろえてちょこんと可愛く座っていた。彼らはなんだか「昭和」という感じ(事実、彼らの家には白黒テレビが置いてある)。だから自転車二人乗りも許す。

ひげは画家で、佐藤智加は作家。佐藤智加はその可愛らしい外見、しっかりしたしゃべり方とは裏腹に、病的なほど繊細な小説を書くので非常に好き。でも、実際そういうものを書きそうなオーラを持っているんだよね。てことで以下に作品を並べておくので読むように。

 

20:23

2006年9月22日

中国人のぱくり方に学ぶ(?)

Kingsoft Office. すげーな。Microsoft Officeそのもの。日本人的感覚からすると、恥も外聞もないという感じだが、ここまでやっておいて平然としているKingsoftの根性には恐れ入る。中国人はその辺図太いし、柔軟とも言える。

中国というとぱくりというイメージが強いが、日本も昔はぱくり天国だったのだから余り人のことは言えない。それに、やっぱり「○○人は○○だ」という固定概念も、度が過ぎると聞いていて気持ちの良いものではない。もちろん民族特有の傾向ってのは明らかにあるが。

私が前に住んでいた中国の南の方では「日本人は皆“色鬼”(スケベ)で女を買っている」と軽蔑されていた。それは「皆」ではないにしろ、確かにかなりの多くの人がそのようなことをしていたのは事実である。女を買うまでにはいかないにしても、駐在員のおじさんはかなりの確率で“卡拉OK”(カラオケ兼キャバクラ)に行って店の女の子の胸や太ももを触っていた。そして持ち帰っている人もいた。実際に見たのだから間違いない。

本当に恥ずかしい限りである。私に言わせれば、そういう場所でお金の力を使わないと女の子とまともに接する機会がもてないなんて、生物的オスとして劣っているという生き恥を晒しながら生きているようなものであり、そんな醜態をさらしてまで生きていける人がいるなんて到底信じがたいのだが。また、自分の妻に綺麗でいようという意識を持続させてあげることができないのであれば、やはりオスとして失格である。なので、自分の妻が魅力的じゃなくなったからって、他所の女を買うというのは根本的に間違っている。

ただ、それでも「日本人はほぼ全員スケベだ」と思われてしまうのは、やっぱり不本意極まりない訳ですよ。中国の南の方ではそういう人が目立つし、近くにいるからそう思うのであって、そうじゃない人もたくさんいるわけです。だから、「○○人は○○だ」というのはジョークレベル以上であまり使うべきではない表現である。当たり前のことだけど、中国に行って身を持って知りました。

脱線ついでですが、日本では真面目だった人が中国駐在ではじけてしまうパターンもかなり多いみたいです。真面目一徹だった人が、お金目当ての女の子たちに急にもてだして、それこそ格安(日本円にすると数千円)で女の子と一晩H出来るもんだから勘違いしてしまうみたいです。こういう人はそれまで自分の欲望を抑圧するばかりで上手く開放できていなかったのだろうね。憐れ。

ぱくりがらみでもうひとつ書きますが、中国ではCD-ROM(その他光ディスク類)が売り物であるという意識がすごく低い。これはモラルの問題というより、中国のマーケティングのあり方として、音楽CDをタダ同然でばら撒いてファンを獲得し、ライブで稼ぐという図式があるというのが大きいらしいです。音楽CDをほぼ合法的にコピーできるのが当たり前なので、コピーに対する精神的敷居が低く、ソフトウェアをコピーすることに対する抵抗が少ないようです。

ここまで他人事のように書いていますが、これに絡んで身近で最近驚くことがあったのです。私の職場のWebサイトが同業の中国人が経営する会社にぱくられたのです。それもかなり徹底的に。

私が勤めている業界は中国人の多い業界であり、そこまで大きな業界ではないので、多くの同業者は零細です。なので、これまでも、同業者のしょぼいサイトで画像の一部が無断で流用されているとか言うことはあったのですが、今回は色合いがちょっと異なるだけで、サイトのレイアウト、文言、ソースレベルでとことんぱくられていてびっくりしました。

ウチのサイトは業者がDreamWeaverで作ったCSSとTableレイアウト混じりののいわゆるハイブリッドデザインである。それを一応私が管理している。SEO的にはそれほど優れているわけでもないのだが、一応業界最王手で検索順位的には成功はしているので、ぱくってみたのでしょう。というか自力じゃこれ以上のサイトは作れないと判断したのでしょうな。

浅はかだなぁとか思ったのは、metaタグの並びとか、それに続くアクセス解析用のscriptタグの並びも同じ。そもそも向こうは明らかにUrchin(アクセス解析ソフト)を使っていないのにそのタグを入れてどうするんだと。つまりソースをほぼ丸ごとコピペしており、それがなんなのか全然わかっていないという。

今年出来た新しい会社であり、SEMのみで集客を試みているようだ。Overtureとか、Adwardsにもガンガンお金をばら撒いており、本当に必死である。

恥も外聞もない、手段を選ばないとはまさにこのことである。それでも上手くいってしまったら、非常に困るのだが、それが今の多くの中国の企業のビジネスのやり方でもあるのだよね。

23:55

2006年9月21日

まほろ駅前多田便利軒

やられたと思った。町田はそれだけで小説の題材になりうる稀有な街だが、その街を題材をこの小説は上手く描いている。この小説の舞台となるまほろ市は町田をモデルにしたというよりかは、明らかに町田そのものである。その町田を的確に描写し、小説の舞台に仕上げた筆致はすごい。町田が大好きな私がアラを見つけられず、町田がきちんと書けているというのだから間違いない。

直木賞受賞作なんですね。私は恥ずかしながら、三浦しをんという作者も知らなかったよ。町田在住だというのに。

便利屋の主人公が一つ一つ依頼をこなしながらストーリーが展開していくさまは、連載マンガのようでライトノベルっぽいノリだ。登場人物もすこし非現実的に誇張されたしっかりしたキャラ設定を持っており、その辺りもマンガちっくだ。その分わかりやすく、けっして人物のパーソナリティーが薄っぺらくもないので感情移入もしやすい。読みやすいので、頭を休めるのにも最適でした。

ものすごい名作というわけではないが、楽しめる作品になっている。特に町田を知っている人にとっては。文学としてみるにはもうちょっと踏み込んだ描写が欲しかった。いろいろダークな部分を垣間見せるものの書ききれていないように思う。

私は町田の隣の相模原市に住んでいるが、これまた変な都市だ。人口が60万を超えているにもかかわらず、全国的な知名度は散々で、大都市としての威厳を全く持たない妙な都市なのである。ここも小説の題材になりそうな気がしている。

23:28

2006年9月18日

食ってばっか

昼からF氏とその友人と3人で大和の菊地家にラーメン食べに行った。菊地家は行くごとに味にムラがあるのだが、この日は当たりであった。久しぶりの家系ラーメンを堪能した。日本戻ってきてから初めて食べたかも。

F市の友人は吉野家で狂牛丼を買っていた。1日限定の牛丼復活「祭り」と称する辺り、明らかに2chネラーを狙っている感があるが考えすぎか。きっと2chでは1日で牛丼を何杯買えるかとかそういうスレが立っているに違いない。

ちなみに、町田(古淵)に菊地家の兄弟店というか出身店が同じ、奥津家という店があって、ウチの近所の家系の中ではここが一番美味いと思う。味は家系にしてはさっぱりしていて物足りなく感じる人もいるかもしれないが、味のムラが少ないし良くまとまっている。F氏らにお薦めしようと思ったが店名をド忘れしていた。ここで紹介しておくこととする。

また、ウチの近所にジャカルタラーメンという名の店があるのだが、その奇天烈なネーミングから密かに近隣で有名らしい。そして案の定、誰か入ったことのあるやつは誰もいないし、入ったことのある人を知っているやつすら誰一人としていないのだ。てことで、F氏とその友人からは偵察とレポート提出を命じられた。

夜は親父の誕生日を祝った。家族でケーキを含め料理を大量にこしらえて、平らげた。ケーキは今回はスポンジにバタークリームを塗っただけのレトロ風味なものだったが、これが美味かった。シンプルでごまかしの効かないケーキだから、スポンジとバタークリームのクオリティーが両方とも高次元で無くてはこうはいかない。焼いたのは妹だが、最近お菓子作りの腕に関しては水をあけられてきている気がする。

この連休は食ってばっかであった。食いすぎだ。それも焼肉に、家系ラーメンに、バタークリームのケーキとかだから油多すぎ。

23:21

2006年9月17日

連休を堪能する

いつも土曜が休みじゃないので単なる2連休だが、普段は2連休さえまともにないので、2連休ってだけでもかなりうれしい。一般の社会人が毎週あたりまえに享受している2連休を幸せに感じられるのはお得だ。

小金井公園で10人くらいでバーベキューやった。公園近くの寮に住んでいるM氏主催だが、基本的に全員徹底的に手ぶらであった。昼過ぎに集まって、食材や炭はおろか、バーベキューやる道具もすべて一からドンキで調達した。台風による降雨も懸念され、考えてみれば開催までにかなりハードルだらけのバーベキューだったのだが、それでも3時前にはバーベキューを始めることができた。

小雨が降りしきる中、大量に買った肉も、酒も、一升瓶も綺麗さっぱり片付いて、雨が本降りになる直前の5時前にはギリギリ撤収。M氏の寮に撤退し、娯楽室で遊んだ。2年ぶりくらいに麻雀に興じたが、私は酒のせいで思考が死んでおり、タンヤオのつもりでロンしたら、頭が9ピンだったりとチョンボをやらかしたりした。その後は娯楽室の端で酔い潰れてキゼツ。1時間ほど寝た。それで回復して夜になってから帰った。M氏らは徹夜で飲んだようだ。流石は体育会系。何人かロードに乗っている人もいて話ができて面白かった。

会ったのは上海留学時代の友人から芋蔓式に繋がった友人陣。それに大学時代の友人F氏を巻き込んで連れて行った。この日も知ってたのは4人だけで、それ以外は初対面。そんな繋がり。

しかし、普段の生活が固定されているもんだから、日常から少し離れるだけで妙にうきうきしてしまう。横浜線で八王子方面に向けて横浜線に乗り込むってだけでもね。電車に揺られて、小説を読んでいるだけで気分が良かった。町田から八王子方面に出るときは、長野方面とか、いろいろ旅に出た昔の思い出がよみがえるってのもあるのだろう。

23:17

2006年9月16日

最近ちょっとサイキづいていて

土曜の仕事後に、タイトーワールド行って、サイキやった。エミリオ(光使い)で5連勝。相手は結構しょっぱいキース(氷使い)で、あんま自分から攻めてこないやつだったんで、エミリオでちくちく殴りながら、ちくちくレイを打っていたら楽勝であった。負ける気もしないし、あまり面白みもない対戦だった。つまらぬものを斬ってしまったという感じ。

相手は通常移動でのスカシばかりが上手く、連続技のつなぎも甘く、大局的に戦略を練れてもいないという結構萎えるプレイヤーだった。もうちょっと精進して欲しいと思う。せっかく面白いゲームなのだから、ちょっと頭使えばもう少し面白いプレイが出来る筈。ま、私もあんま人のことも言えないのだが…。「とりあえず通常移動」ってのは思考が停止している証拠なのだ(自分で書いていて耳が痛すぎる)。ただ、今更このゲームをやりこんでもなぁってのもあるし。

最近ちょっと久しぶりにサイキが面白い。強い人とやってみてぇなぁ。来月から新宿勤務じゃなくなるので、ちょっとサイキをやっておこうかなと。

22:49

2006年9月15日

リミットいっぱい

今週は雨続きでニューマシンを取りにいけないかと思っていたが、休みの日に雨がやんだ間隙を縫って取りに行った。のんびり乗って帰ったので、真の実力は測れないが軽くインプレ。

ブレーキレバーが78デュラになったので、握りが細いのはなんだか感覚的に心もとないが、ブレーキは流石にガツンと利くので、乗っているうちに慣れるでしょう。フロントの変速性能は異常。低速で走っていても、無音でストレスなく変速する。びびりました。さすがに高いだけあるね。まだ全体的にちょっと当たりが出ていないので、ワイヤーやギア周りが馴染んできてからはもっとすごいことになる感じだ。クランクやフレームの剛性なんかはバイクシューズ履いて思いっきり乗ってみないと分からない。軽い。家の中に入れるときに楽だった(笑)。家の体重計使って量ったらジャスト8kgくらい。

ニューバイク リミットいっぱいのシートピラー

家の中で撮影。近いうちに外で撮影したい。フレームがスローピング形状なので、シートピラー(サドルを乗っける棒)が結構突き出している。シートピラーにはリミットラインというのがある。それ以上入れておかないと破損する可能性があり危険、というラインだ。良く見てみると、このマシンはそのリミットラインぎりぎりである。上の写真、シートピラーに書かれた白いリミットラインが見えるだろうか?

シートピラーはリミットいっぱいだが、重量はUCI規定のリミット6.8kgまでまだ余裕があるな。別にプロ選手じゃないので、そんな世界は関係ないのですが。8kgは余裕で切るかと思っていたのだがなぁ。ジャスト8kgか。ちょっと残念だが、まあ、そんなもんか。

話は飛ぶが、スローピングフレームだとアナトミックハンドルのほうが似合う感じがするな。でも俺はノーマルハンドルが好き。

20:48

2006年9月14日

俺にとっては幻のカレー

町田に「リッチなカレー アサノ」という店がある。前々(何年も前)から、何度か足を運んでいるのだが、いつも閉まっていた。昼の3時過ぎ以降に行くと「材料切れのためおしまい」とか言う看板がかかっているのだ。空いているかどうかも疑わしかったのだが、ネット上でそこそこ評判になっているらしく、開店してはいるらしい。テレビや本なんかでもたびたび見かけるので、一度は食べてみたいなぁと思っていた。

今日行ったらやっていた。

入ったら店の爺さんに「まだやってないよ」と言われたので、「何時からですか」と訊くと「11時半からだ」。壁の時計を見ると11時45分。とっくに過ぎている。いきなりハイブロウ。

爺さん「開店するとすぐ混むから、座って待ってな」とかほざいた後、「何食べるんだい」と訊いてきた。メニューには噂どおり

  • チキンカレー 900円
  • ポークカレー 900円
  • リッチなカツカレー 1400円

とある。

「カツカレーを」

「カツカレーしかやってない。年をとると材料をそろえるのが大変で、今日はカツカレーしかやってねぇんだ。今日はやってない。これ以外をやっているときもある。」

カツカレーと言ったのだが、ご丁寧に答えてくれた。これまた噂どおり、やはりカツカレーしか食べさせてくれないらしい。噂どおりの変人ぶりで、この辺で俺はもう愉快で嬉しくて仕方がない。しかも言ってることは理不尽な頑固親父系だが、なかなか憎めない愛嬌がある。

それでも恋人と行ったからか、いろいろもてなしをしてくれた。狭い店内にうず高く積み重ねられている雑誌を広げていろいろ見せてくれた。もちろん開いて見せてくれるのはアサノが紹介されているページ。「ここにも載っているんだよ」「これもだ」「これも」… いやー、愉快である。それはいいから、さっさとカレーを作って欲しいとも思ったが。

それでも、しばらくしたら、爺さんは肉たたきでカツの肉を叩きはじめ、本格的にカレー作成に入るとともに、おしゃべりをストップした。その間は、雑誌を読んでいたが、東京生活の町田大特集が面白かった。白洲次郎の邸宅、日本に4箇所しかないパイプオルガン工房などが町田にあることを知った。

30分ほど待ち、ようやくカレーが出来上がった。「さらさらだからこぼさないように注意しなよ」と爺さんの忠告どおりそのカレーは、ちょっと前に流行ったスープカレーのようにサラサラである。肝心の味は、独特だがなかなか美味い。さっぱりしていながらスパイシーで、しっかりした味わいがある。カツも肉の厚さ、柔らかさなどに研究の跡がうかがえる完成度である。

食べている途中、女性の2人組が来店し、チキンカレーを注文した。爺さんは当然のごとく「カツカレーしかやってない」の一点張り。「無理には薦めないけど、カツカレーはうまいから、食べていきなさい」「高いな~と思うなら、帰ってもいいよ」とか言っていたら本当に「じゃ、すみませーん」とか言って帰ってしまった。

これには、爺さんも少ながらずショックを受けたようで、「俺は無理には薦めねぇんだよ」とか、「ああいう人達は、味覚音痴なんだ。可哀想にな」などと、ぶつぶつつぶやく姿には哀愁が漂っていた。

「町田中探し回ったって、ここより美味しいカツカレーは何処にもないのになぁ」とか言い出して、適当に相槌を打っていたら、話がエスカレートし始めた。

「俺は他の店全部食べてるからわかるんだよ。町田はほかの店行ったけど、全部まじぃんだよ」
「まず漬物がまずい。硬い」

いきなりカレーとはあまり関係ないところを指摘するあたりが面白すぎる。そこで漬物の話を振ると、

「ばあさんが作ってるんだよ。ラッキョウは俺が漬けてるんだけど。」

と答えてくれ、自慢のラッキョウを追加で出してくれた。

一見理不尽な頑固オヤジ風だが、根は非常に子供っぽく、かわいらしい爺さんであった。誉めると喜んでいるのが分かるしね。

しゃべり掛け系親父としては、淵野辺にある「肥後っ子 大石家」という熊本ラーメン屋の親父もかなりのもので、久しぶりにそこにもちょっと行ってみたくなった。

22:11

2006年9月13日

思考停止中のため近況をリストアップ

自転車が組みあがったらしい。日曜日に連絡がきて、私は会社に居た。取りに行きたいのだが、今週はずっと雨みたいだしなぁ。早く乗りたいが、取りに行ったとしても、そもそも更に2台の自転車を部屋に収納できる余裕がない。

サイキ2012復刻版は売り切れだった。売り切れになったのに注文があるまで何年もほったらかしていたようだ。今チェックしたら商品からちゃんと消えていた。むかついたので、近所の中古ショップ巡りでもしようかと思う。

Gizmoが大活躍。中国の提携先に電話をかけ放題である。中国人の同僚に教えたら非常に喜んでいた。

先週からちょっと食いすぎ。水曜は和幸でキャベツを3回おかわりし、木曜日は町田で恋人とタイ料理を食い、金曜日はインドカレー屋で特大ナンを2枚平らげ、土曜日の夜はメキシコ料理屋でしこたま飲み食いし、月曜日は同僚と中華を食べながら中国語で会話。非常にバラエティに富んだ組み合わせだが、そんなこんなで体重が1週間で3kg増えた。腹に溜まっていただけなので、もうだいぶ戻ったけど。

町田のタイ料理屋は、マイペンライというとこ。値段は少し張るが、美味しい。トムカーガイ(ココナッツミルク入りの辛いスープ)がお気に入り。

背景画像を一切使わなくてもここまで出来るんだね。広告が多いのが難点だが。それに引き換え、背景画像をべたべた貼り付けているこの私のサイトは明らかに品がない。

ここのところ、珍しく少しストレス。仕事でストレスをためるなんて、まるでサラリーマンみたい。

03:02

2006年9月11日

ばあさんは用済み

エバンゲが映画化らしい。4部作とかで、某ゼータなガンダムにインスパイア(w)されたのだろうか。某ゼータなガンダムではフォウとか言う熱狂的な人気を誇るキャラクターの声優が、映画化にあたって電撃的かつ不明瞭なキャスト変更になって大騒ぎになったようだが、この映画でも似たような位置に居る綾波レイの声優が同様に変更になったりしたらとんでもない騒ぎになるだろうな。それでいて、碇ユイが林原めぐみのままだったりしたらウケる。まさしく「ばあさんは用済み」を地で行くことになる(…林原さんすみません)。 と、しょうもないことを想像。

新作という扱いみたいだが、リベンジって感じもあるだろう。何せこの作品の企画当初のプロットを見ると、かなりまっとうなストーリー設定になっているのだ。22、23話辺りでは本来は宇宙やら月での戦闘が計画されており、最終26話では「大団円」と実際に企画書にそう書いてある。

それが結局最後のほうは、制作費や制作時間の関係で、風呂敷をたためなくなり、まともにストーリーを終了させられず、監督がわけの分からないうわごとを連発して自己弁護に走っている姿は非常に痛ましいものがあった。

10年越しの反省ってことで、まっとうに面白い作品を作って欲しいね。オネアミスの翼とか、トップをねらえ!とか、エヴァンゲリオンの最初の方の様に。評判がよろしかったら見に行くことにする。

この作品はみんな薄っぺらくて人形みたいで、ほとんど感情移入できないキャラばっかだったが、アスカが比較的好きだった。背伸びした天才になりきれない秀才といった設定が各キャラクタの中で一番人間ぽく、劇中では異彩を放っていたし、それでいて(それが故に?)製作者に愛されていない感が良かった。

リンクを辿って、ガイナックスの公式サイトに初めて行った。まるっきり知らなかったが、なんだかいろいろ愉快な話になっているのだね。トップをねらえ!2 とかその劇場版とか、エヴァンゲリオンの実写(!)とか。ファンからしたら今更な話なんでしょうけど。

00:17

2006年9月 9日

デジタルの悲哀

いやー、俺も昔はこれで遊んだもんだよ。カチッ(スイッチを入れる音)。…しーん。

将来突然遊びたくなったときに、メンコやベーゴマならいざ知らず、ゲーム機ってのはこうなるのが目に見えている。“Sony”の“PlayStation”なんてまず絶対に動かない(偏見)。そうなったら直すこともまず不可能だ。

それって悲しいよな。子供に半分うっとうしがられながら、自分のやってた遊びを披露するという大人の楽しみ(?)が実現できないわけだよ。有名ゲームであれば復刻版なんかを出してもらえるのかもしれないが、マイナーゲームはそんなことは期待すべくもないのである。

しっかりデータを保管しておいて、パソコン上でエミュレータを使えば良いのだろうが、それも不安が残る。データ消失の危険性があるし、将来的にすべてがまともに動くような動作環境を作り出せるのかどうか保証はないのである。そりゃ技術と気合があれば、例えば、Vine Linux 43.0上で動くドリームキャストのエミュレータを作り出すことは可能っちゃ可能かもしらんが。

てことで、それでも一応データを持っておくに越したことはないと思い、サイキックフォース2012 復刻版を突然購入してみた。2001年発売で生産中止だが、ネットでまだ売っているところがあった。それだけ売れてないってことか。こいつはどうやらなかなかアーケードを忠実に再現しているらしいので良し。最近ちょっとサイキづいてます。

過去のシリーズを収めた「サイキックフォース COMPLETE」なんてのも出てるらしいのだが、こいつがまたアーケード版とは程遠い悲惨な出来らしくて、熱心にファンを続けている方々からは非難の声が上がっているようだ。例えば、すげー基本的な連続技(中足→波動拳みたいなやつ)が軒並み繋がらないらしい。説明書にも「連続技を決めろ!」とか書いてあるのに、それが繋がらない。それで、いろいろ抗議を受けたタイトー側も言うに事欠いて出した公式発表が、「説明書に誤表記がありました、申し訳ございません」。笑える。

話を戻すが、やっぱ個人的な名作は将来やりたくなる可能性も高いよな。FF6とかオープニングを見ると、今でも超感動するし。

こんなことを思いつくってことは、私もじじい化してきてるのだねぇ、きっと。そんなことを考えていたら広野にクロノトリガーを何年も貸しっぱなしだということを思い出した。

04:05

2006年9月 4日

無事に子供を産みそうです。

ニューフレーム来たぜ。ニューフレーム。7月頭に注文したので、ひと月以上待った。聞けば、私が注文した翌日に今年モデルが完売になったらしく、こいつは現行モデルの正真正銘最終ロットである。しかもブリジストンアンカーはカーボンモノコックモデルをやめてしまうらしいので、こいつは幻のモデルとなるやも知れぬ。来年以降は3ピースだってさ。3つのパーツを作ってから、あとでくっつけるのである。ほかの多くのメーカーがやっているのと変わらない、言ってしまえば月並みな手法なのである。

それに引き換え、こいつはモノコック(一体成型)らしい有機的な曲線が萠える。これ以上やると、やりすぎになってしまうが、こいつはその辺りのバランス感覚が秀逸である。ヨーロッパ辺りのモノコックモデルは、デザイン性だかなんだか知らないが、性能に関係あるとは思えないへんてこな形状のモデルが結構あるのである。色もレーシングブルーで正解であった。非常に映える。レーシングブラック(プロが乗っているカラーリングだ!)は今や流石に恐れ多くて乗れないしな。

てことで、注文していたパーツもすべて届き、自宅の部屋の手持ちのパーツと、今のロードについているパーツで1台組みつけてもらうことになる。今のロードも部屋に放置してあった古いパーツを組み付けなおして乗れる状態にはするつもりで、ついでにオーバーホールも頼んでおいた。ちょこちょこパーツを買い足して交換を繰り返してきたが、ついに丸1台分購入してしまったことになる。俗に「ロードが子供を産む」というヤツだ。自作パソコンの世界でもそういうことはあるらしい。

しかし、パソコンの自作にしても、自転車の組付けにしても、学生時代だったら絶対自分でやったんだけどね。特に自転車の組み付けなんて美味しいところは絶対自分でやりたかったのだが、今はもう工賃を払ってでも自転車屋任せなのである。とはいっても自転車がらみの作業を何かしてみたい気もするので、久しぶりにホイールでも組んでみようかとも考え中。

04:58

2006年9月 3日

熊とニアミス

たかだにニューフレームがやっとことさやってきたらしく、パーツ載せかえで預ける前に現行ロードでヤビツに行った。一応乗り修め。ニューマシンが来てもこいつも乗れるようにはしておくが。

夕方裏ヤビツに熊が出たとかニュースでやっていたらしく、まさにその時間私は裏ヤビツに居たわけです。ニアミスだったらしい。会えなかったのは惜しいことをした。ウソ。流石に熊は勘弁です。裏ヤビツは、鹿やら猿やらをたびたび見かけるのでなかなか面白い場所である。

ヤビツは上るのに50分くらいかかった。ニューマシンをコンパクトドライブにしなかった自分に後悔した。そもそもプロと同じギア比なんて無理に…、とか言ってしまったらそこでお終いじゃ。33分で上っていた昔の自分を目指そう。とりあえず。とかずっと同じこと言ってますが。

23:11

2006年9月 2日

A級妖怪同士の戦い

サイキックフォース2012は私が人生で一番まじめに取り組んだものひとつといっても過言ではない。高校3年、浪人時代とゲーセンに通いつめ、トップクラスの実力を持つに至った。町田では。知識と技術だけは全国レベルだったと思うが、詰めの甘さなどがあり、全国トップクラスにはなれなかった。幽遊白書風に言うならば、Bの上~A級妖怪といった程度のレベルだ。S級妖怪との間には越えられない壁があった。

具体的な弱点は、

  • 詰めが甘い、トドメをさせない
  • リードすると油断して逆転される
  • 窮鼠猫をかまれる
  • 我慢がきかない
  • 誘いにあえて乗ってしまう
  • 無理攻めの挙句自滅する
  • 攻めていると強いが、切り替えされるととたんに弱気になる
  • 守勢に回るととたんにチキンになり、切り返すのが下手
  • 反射神経が弱い

などである。こう羅列すると、すっげー弱そうに見えますね。ただ、順序だてて攻めを組み立てるのは得意だったはず。一応すべてのキャラを使うことが出来たし。考えてみると、この辺の弱点はチェスプレーヤーとしての自分にも通じる部分がある。無理攻め大好きだったしな。

ゲームセンターの対戦格闘ゲームはまことに仁義無き世界であり、社会人が財力に物を言わせた投資力を見せつけて連コイン(100円玉(もしくは50円玉)を投入しまくること)を繰り返し、学生は時間と経済力のバランスからプレイ時間を充実させ、中高生が若さゆえのキャラへの異常な思い入れや、なけなしの金をつぎ込むことへの執着、その反射神経で不利な条件をカバーするわけで、まさに強さの元の平等が成り立つのである。実にあほらしい世界なのだが、それが良い。偏りはあるものの、いろんな年代の人と交流が出来るのも面白かった。

ゲーム制作元のタイトーが運営している新宿のタイトーゲームワールドはサイキッカー(このゲームのプレーヤーをそう呼ぶ)にとっては聖地であり、その昔私も新宿に出かけたときは、嬉々として必ずタイトーゲームワールドに足を運んだものである。

今は新宿勤務だというのに、勤め始めてしばらくたってから一回行ったのみでしばらく行っていなかった。会社帰りに行ったらまだあった。もう8年も昔のゲームであり、立派なレゲー(レトロなゲーム= 古いゲーム)なのだが。おそらくもう対戦台は日本に数台しか残っていないはずだ。

こざっぱりしたかっこよい感じの女の子がプレイしていたので対戦乱入した。油断していたら、実はかなり強かった。というか油断しないでも負けた。社会人らしく連コインをして連敗しまくり、自分のメインキャラ(光使い)を引っ張り出してやっとこさ勝った。そしたら別のキャラで入られてすぐさま負けた。そんなこんなの繰り返しで、最後に強キャラ(強いキャラ・具体的には時使い)で入ったら、ゴリ押しみたいな攻めが上手く決まってしまい勝ってしまった。それ以降は対戦に入って来てくれなくなった。単に帰ったのかもしれないが、ちょっと勝ち方が感じ悪かったかもしれない。そもそも連コイン相済まぬ。楽しませていただいた。大変感謝。彼女はSに近いA級妖怪くらいの強さはあったと思う。

そもそも今更まだプレイしている人なんて、強い人しか残っていないのである。1年前に行ったときは、元S級妖怪の光使いがいた。おそらく日本で一番このゲームが好きだった彼の話はいろいろ書きたいことはあるのだが、長くなるので割愛。

全部で20戦ほどやったがかなり疲れた。昔は50連勝とかして、1日100戦近くやっても平気だったが。

23:51

身長と言う才能

バレーボールワールドGP中なので、新宿駅構内に女子バレーのポスターが貼ってある。高さが2mくらいあるでかいやつで、「日本の女は手ごわいぞ」というキャッチとともに、選手の姿が映っている。腰より上くらいのショットになっているのだが、どうせなら足元から撮った実物大くらいの大きさにしてくれた方が迫力があって良かったと思う。

バレーボールは、あの民放の、日本が「敵を倒す」ことに重きを置いた、頭の悪いスポーツを冒涜した応援がイヤで、2年前に積極的に見るのをやめた。今年は特に時間の会わないこともあり全く見ていない。私の好きな佐々木みきも出てないようだし。

180cm前後の女の子がごろごろしているってのはそれだけで凄いよな。身長と言うものを純粋に才能とするならば、彼女らはそれだけでも間違いなく天才の部類に入る。私の友達はおろか、単なる知り合い、果ては、一方的に知っている位の関係にまで範囲を広げても、外国人を除くと私の身の回りには180を超える女性などはいないのだ。最も高くて176cmくらい。つまり、学校のクラスで一番などと言う世界を超越している。

私の身長は168cmであり、恋人の身長は152cm(自称153cm)である。仮にこの2人から女の子が生まれたとして、それが180cmを越える女性になる可能性は限りなく0に近いのである。そんなことは誰にとっても自明であり、そもそもそんなことは期待もしないし、考えもしないのである。

さて、人によっては私の言いたいことがなんとなくわかったかもしれない。つまり、「生まれつき才能の差はあるに決まっている」と言うことだ。それと同時に「それがどうした」。

身長にだって生まれつきの差があるのだから、どんなものにでも、頭の良さにだって生まれつきの才能の差がある。そんなのは当然のことだ。それなのに、多くの人はそれがわからない。と言うか信じたがらないのか。

実際、身長と違って頭の良さは物理的には目に見えないものであり、だからこそ差が見えづらいのだろう。ただ、それが見えない時点で、目に見えないものを想像できないという思考能力の欠如、つまり頭の悪さを露呈している。

ただ、必ずしも持てるものが幸せで、持たざるものが不幸せなのかと言ったら決してそうではないのも自明である。その辺を良く考える必要があると思うんですけどね、多くの人は。

めんどくなったのでもう書くのをやめるが、例えばイチローが3割そこそこの打率でシーズンを終えたら、心の底から不本意だろうが、普通の選手が3割打ってシーズンを終わったら大満足なはずだ。つまりはそういうことだ。

02:18

2006年9月 1日

超音波だけで生きてくすごいやつのはずだが

昨日帰宅したら部屋の中をすごい勢いで飛び回っているやつがいた。蛾にしては真っ黒で、蝶にしては飛び方が羽の質量を感じさせる飛び方で、勢いを感じさせる。ぶつかりそうで身の危険を感じた。正体不明。翌日の今日の夜もいて、壁に止まったところを発見し、確認してよく見たところ、虫ではない。

間近では初めて見る生物だったが、これはもしや蝙蝠ではあるまいか!? まさかこんなところにコウモリが住んでいるとは思わなかったよ。田舎も極まれり。嬉しくなってしまって、写真におさめた。フラッシュを焚いて何枚か撮影したが、寝てしまっていたようで全く反応が無かった。コウモリは夜行性だった気がするが。

 

頭がふさふさしている。ムササビみたいでなかなか可愛い。現に江戸時代なんかは、ムササビと同じ種類に分類されていたようだ。右側みたいな姿勢はちょっと不気味だが。ちなみにこの写真は上下反転させたりはしていない。頭を上に壁に張り付いているのだ。コウモリに有るまじき姿といえよう。

翌日家族が追い出したらしい。とはいっても、団地の管理人に相談し、強行策には出ず、「部屋を暗くして窓だけ開けておいて、自然に出るのを待つ」という対策を採ったようだ。明るいところに行くなんて、あなた、本当にコウモリですか?

何しろ、聞けばコウモリが近くに巣を作って、大発生(とまではいかないが)しているらしく、「コウモリを捕獲する道具が出払っている」というわけらしい。しかしコウモリを捕獲する道具って何? 虫取り網?

実際問題、このコウモリは可愛いなりして排泄物の悪臭が凄いらしく、下手につつこうもんならそれらを撒き散らして、悲惨なことになるらしい。現にほかのお宅ではその被害をもろに受けて、2週間くらい悪臭が引かず、奥さんは実家に帰ってしまったそうだ。マジで。

だから自然に出て行くのを待つ。でも、部屋を暗くしておいて放置したあげく、ツガイになっていたりしたら笑えるというか笑えないというか。

ちなみに蝙蝠は中国でも同じこの漢字で、蝙蝠の「蝠」と幸福の「福」が同じfuの2声(fú)であるので、縁起物とされている。部屋にやってくるのは吉兆なのだ。

ご存知のとおりコウモリは目が見えず、超音波をソナーのように使って周囲を把握したり、ソニックブームのように蛾を攻撃して捕食したりしている超音波の使い手だ。「超音波の使い手」とか書くとなんか凄そう。何せ、「超」音波ですから。単純に振動数が多いだけなのに必殺技みたいだ。

それに比べて「光」のしょぼいこと。紫外線に赤外線ですからね。なぜ、「超光線」とか言わなかったのだろうか。そうしたらもっと強そうなのに。残念だ。

とか言ってたら、妹が「英語では紫外線は、“ultraviolet rays”と言うんだよ」とか教えてくれた。ウルトラバイオレット。やべーなんかすごく暴力的だ。合格。

01:23